こばなし

2010/08/05

廊下にて⑥

用務員さんと校長先生イン用務員室。

「しかしどうしたんだ?こんな朝っぱらから。」
用務員さんは底のあたりが黒焦げのやかん(たぶん元は赤色)にコップで2杯、水をジャアジャア入れてストーブにかけました。
「朝っぱら?もう昼だぜ。」
「んん?そうか?まあ何でもいいだろ、明るいから朝か昼だ。夜ではないな。」
用務員さんは手を拭いたふきんをテーブルに置いて自分も腰掛けました。校長先生は用務員さんのロッキンチェアに腰掛けてギチギチと揺らしてキョロキョロしています。
「あれ?ハインツ、あの時計まだ生きてたんだ?懐かしいな。」
テレビの上の文字盤のガラスが曇った古い置時計を見て言った。
「ああ、あれね、とっくに死んでるよ。」
よく見ると時計は止まっていました。用務員さんはテーブルに伏せて置いてあるカップをひっくり返して、『フッフッ』と(2つだから2回)埃を吹きました。
「用務員てのはのんきな仕事だな。しかも俺が知ってる用務員の中ではお前が一番のんきだ。」
用務員さんはよいしょと立ち上がると、置き時計を手にとってこちらも『フッ』と吹きました。
「のんきに一番も二番もあるかよ。お前だって俺の知ってる校長の中で一番…、いや、いいや。」
用務員さんは時計の背中にあるゼンマイをギコギコギコと巻きましたが針は動きません。
「ほら、な。」
「んー、人間も機械も古くなると駄目だな。」
「機械は直るさ。ハゲは治んないぜ。」
「ハゲハゲってうるせーな。」
用務員さんはやかんのお湯をティーサーバーに入れました。紅茶の良い匂いが部屋に広がります。

「ところで、何かあったのか?」
「おう、おう、そうだ、穴の事だ。廊下の。あれ、お前、どうするんだ?埋めるのか?」
「んんー、いや、迷ってる。」
「埋めないのか?」
「埋めなきゃならないだろうけど…。」
と用務員さんはカップの底の茶葉を見ながら、夕べの夢に出てきたモグラの事を思い浮かべて言いました。
「いやハインツ、実は、埋めないで欲しいんだ。」
用務員さんはハッとして顔を上げました。
「…もしかして…あな丸か?」
「あな丸?」
「モグラの。」
「モグラ?何だそれ?」
「…違うのか。」
ガッカリ。
「でも埋めないでどうするんだ?」
「埋蔵金だ。」
「埋蔵金?」
「昔な、テレビ局が来たことがあってな。思い出したんだ。」
「テレビ局?杜王放送か?」
「違うよ、あんなローカル局じゃない。首都テレビだ。」
「へぇ。埋蔵金ねぇ。」
「校舎を壊して地面を掘らしてくれっていうからさ、断ったんだ。」
「ふうん。で?」
「あの穴から掘る。」
「埋蔵金を?やめとけって。出るわけないよ。」
「いや、俺は掘るぜ。止めたって無駄だぜ。」
校長先生はズズーと紅茶を飲み干すと、カチンとカップを置いて出ていきました。

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2010/06/18

廊下にて⑤

朝、いや昼に近い朝、用務員さんが(さて、今日はあの(廊下の)穴をどうしてやろうか?)と思案しながらダルマストーブの上のフライパンで目玉焼きを焼いておりますと、表の方から声が聞こえました。
「おおいハインツ。」
太いしわがれた、聞き覚えのある声です。
「ハインツいるか?」
旧校舎の用務員室を人が訪ねてくるなんて、一体何年ぶりの事でしょう。(以前16.用務員室でイオットが来たことを用務員さんは知りません。)先生だって誰も来たことがないのです。用務員さんは生焼けの目玉焼きを火から外してテーブルに置きました。目玉焼きはまだフライパンの上でジューピチジューといって生き物が呼吸しているみたいに動いています。

用務員さんが廊下に出ていくと、窓の外に大きなゆで卵が見えました。ゆで卵にはゴマみたいな小さな目と、そのちょうど真ん中に鼻を模した物も付いています。違いました。ゆで卵ではなく校長先生です。
「おおハインツ、いたな。」
「なんだ、誰かと思えば校長か。」
「なんだって事はないだろう?ええ、俺は客人だぜ。」
「客人?卵かと思ったよ。」
二人とも言葉使いは悪いのですが、ニコニコしています。用務員さんは校長のゆで玉子みたいな毛のない頭を見て言いました。
「あーあ、とうとう最後の一本も抜けちまったな。」
「あー、違う、違うよ。風に乗って星になったんだよ。」
校長先生はそう言うと、目を細めて中空をすぃ~と眺めました。
「星?バカじゃねぇか?」
「いや、バカじゃないよ。ハゲはハゲだよ。ハインツ、俺はあれだぜ、育毛反対派だぜ。」
「それな、世間的には『諦めた』って言うんだぜ。上がるか?コーヒーでも入れるか。」
校長先生は紅茶がいいなと言って、大きな手でハゲ頭をなぜながら建物の入り口の方へ歩いて行きました。

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2010/05/08

廊下にて④

その夜、用務員さんは夢をみました。穴を開けた廊下の床下に『あな丸』というモグラが住んでいる夢でした。あまりハッキリとは覚えていないのですがこんな夢です。


あな丸の一族は新しい校舎が建つ以前からそこに住んでいました。しかし新しい校舎ができた事で、それまでの暮らしが一変してしまったのです。
あな丸は「いとこの家に行く道が水道管に潰されちまって、もう14年と8ヶ月も会いに行っていない」だの「新しい建築の基礎が打ち込まれた場所は、ご先祖のお墓の真上だ」だの「日照権の侵害」だの、新しい校舎への不満を杜王新聞社に投書しました。
それを朝刊で読んだカイゼルひげの市長が「けしからんモグラだ」と言って、巣穴の入口を全部コンクリートで埋めさせてしまいました。校長先生は市長の弟でしたので、兄の言うことを聞かないわけにはいきませんでした。あな丸はついに窒息して病院へ運ばれてしまいました。


とまあ、こんな夢でした。夢ですから、実際にはカイゼルひげの市長なんかいませんし、モグラが新聞に投書したりもしません。
用務員さんは鏡に向かって歯磨きをしている時、夢の中の『モグラが日照権を主張』の新聞記事とあな丸が抗議に奮闘する写真を思い出して、おかしくて吹き出しました。こんな夢をみる時、大概は自分の頭が変なのです。
「何とおかしな夢をみたのだろう。」
しかし、顔を洗い終わった後の用務員さんの顔付きはピリッと引き締まって、変な夢をみた後とは思えない真面目なものでした。

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2010/05/03

廊下にて③

さて、デキモノを切り取られた廊下には穴が開きました。大人の人の頭がすっぽりと入るくらいの大きさでした。
床の下には何もなく、用務員さんも5年生の先生も何かが下から押しているものだと思っていたので、ポッカリ黒い口を開けた穴に拍子抜けしてしまいました。
「何もなかったですね。」
5年生の先生が穴の底を見ながら言いました。用務員さんも腕組みをして穴の底を見ながら答えました。
「…ええ。」
「何か、木が下から生えてきてた、とかね。」
「…ええ。」
「ギュッと、こうね。」
「…ええ。」
「…何もなかったですね。」
そのあとは二人ともどうしていいかわからずに黙っていました。穴からは少し風が吹いてきていて、乾いたカビのような、日の当たらない裏庭のような、どこかで嗅いだことのある匂いがしました。

そしてそのうち授業の終わりのチャイムが鳴りました。それを聞くなり、先生が言いました。
「すいませんが、今日のテストの丸付けがあるので、あとお願いしていいですか?」
先生は用務員さんを廊下に残し、職員室に帰って行きました。

用務員さんはどうしたものか少し考えていました。が、『グウゥ』とお腹も鳴ったで、そろそろ帰ろうかという気持ちになりました。猫車に丁度いい大きさのベニア板があったのでそれを取り出して穴の上に置きました。そしてその上にパイロンを置きました。それから猫車をぐるんと大きくUターンさせて用務員室に帰りました。

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2010/03/08

廊下にて②

用務員さんが猫車を押してやってきた。早速コードリール降ろすと、コードをカラカラと引きだして電源の差し込み口を探している。
廊下に残っていた5年生の先生が、猫車の中を覗き込んで驚いた。道路工事で使うような本格的な掘削機があったからだ。

5「え?これ使うんですか?」
振り向くと用務員さんはそこにはおらず、ずっと遠くの電源にコードを差したところだった。
歩いて戻ってきた用務員さんに先生はもう一度言った。
5「まだ授業中なので、これはまずいんじゃ…?」
「え?」
5「だって、これってすごい音しますよね?ダダダダーって。」
「そうですね。ダダダダーっていうよりダララララーですけどね。」
5「(…一緒だろ?ツバ飛んでるし。)」
用務員さんは猫車の中をゴソゴソして、じゃあこれでと言った。取り出したのは『取扱注意』『火気厳禁』と刻印のされた木箱。
5「…これは火薬ですよね。」
「そうです。」
5「もっとダメじゃないですか。」
「ハハハ、冗談ですよ。」
用務員さんはそう笑って先生の腕をポンと叩くと、今度はズボンのポケットから果物ナイフを取り出した。永いこと愛用しているのだろう。木でできた持ち手が飴色になっている。
5「(…あんな小さなナイフで…?この人に任せて大丈夫かな?)」
用務員さんはこんもり盛り上がった床のところにしゃがみ込むと、ナイフを巧みに動かしている。後ろからではよく見えないので、先生が体をよじって覗き見た。
5「!?」
用務員さんの手元では、リンゴの皮を剥くように廊下の床が剥かれていたのだ。

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2010/03/05

廊下にて①

体育館に向かう廊下で、5年生の先生と6年生の先生が神妙な顔つきで話をしている。二人の間には大きな赤いパイロンが置いてある。

6「その児童は?」
5「保健係の子が保健室に連れていきました。歩いて行ったようなので大丈夫みたいです。」
6「よかった。怪我も怖いですけど、あとは親ですよね。」
5「ええ、さっき担任の先生には伝えました。すぐ連絡したそうです。」
6「それなら良かった。」


5限目開始のチャイムが鳴り始めた。体操着を着た低学年の児童が二人、先生たちの脇を小走りで通りぬけた。
5「あ!こら!廊下走っちゃダメだぞ!」
「ほら!イオット!怒られた!」
「えー!だってポエタだって走ってるじゃんか!」
怒られた二人は渡り廊下まで早歩きをして体育館に入って行った。

6「さて、これどうしましょうね?」
6年生の先生がパイロンを持ち上げた。パイロンのあった床はこんもりと盛り上がっている。何か下から持ち上げられているようだ。

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2010/01/29

ある刑事の手記

白熊(?)が店に押し入ったとの通報を受け現場に急行。杜王町旭丘堤1丁目。ささき肉店の店主(74)に聴取。

―押し入った当時の状況
白熊が店内に入って来た時間は夕方5時~5時半。白熊は肉のガラスケースの前を行き来した後、アザラシ肉の塊を指差した。(肉球はピンク、意外な情報。)店主がアザラシ肉の塊をカウンターに置くと、白熊はそれを奪って店から出たという。
帰り際に茶封筒を残している。
店主に怪我はなし。

―どんな容姿だったか
真っ白な毛に覆われた巨大な動物。二足歩行。新巻鮭1本を所持。鼻は黒。シャンプーの良い匂い?←関係ないかも
店内に入った時、入り口に頭がぶつかった。∴上背は230センチ以上か。(入り口の高さは220センチ)

―茶封筒について
中にはお金(¥2215)が入っていたがアザラシ肉は推定2kg(¥8400相当)あり、お金が足りないとの事。強盗事件として捜査する。
封筒の表面には『給与』と書かれている。

目撃者がいない為、これ以上の聴き込みは難しい。店主も高齢の為記憶が曖昧。今朝何を食べたかもうろ覚え。一応、防犯カメラの映像と現場に残された封筒を鑑識にまわす。
ジゼ来週退院。
ケルナシ次節スタメン。
肉球については背骨山動物園に確認。

以上


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2009/12/24

郵便局員AとB

郵便局の仕分け作業場の片隅に小さな机があって、二人の男が顔を近づけて作業をしている。机の上にゴチャゴチャと広げているのは、宛先不明で差出人不明という行き先のない郵便物だ。彼らはそんな迷子の郵便物を一つひとつ調べて、可能な限り宛先へ届けるのが仕事だ。

A「では、次いきます。」
B「はい。」
A「えー、宛名『なし』、差出人は『なし』。」
B「何も書いてないの?」
A「はい。」
B「切手は?」
A「あり。80円。」
B「なし、なし、あり、と。ちょっと貸して。」
Bは封筒を受け取ると鼻を近づけた。
B「…んー、少しあぶってみよう。」
そう言われたAは了解と言うと封筒を足元のストーブに近づけてあぶり始めた。少しすると何も書かれていなかった封筒に、じんわりと文字が浮かびあがった。
A「あ!出た!」
B「よし。読める?」
A「ん?フィン…ラ…ンド、フィンランド!」
B「フィンランド?名前は?」
A「サソタ?サリタかな?」
B「ああ、サンタじゃないか?」
A「フィンランドでサンタか!なるほど!でも80円でフィンランド?」
B「無理だな。じゃあ(株)サンタクロース杜王出張所へ。」
Aはあぶり出した文字の隣に新しく住所を書き込んで、出入口付近の簡易ポストに投げ込んだ。
A「でも何でわざわざあぶり出し?」
B「さあ、そこはいいんじゃない?」
A「今からで間に合うかな?今日24だよ?」
B「大丈夫、相手はサンタだし。はい、次いこう次。まだ山ほどあるんだから。」

二人の仕事はこんな調子で延々と続くのだ。

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