おはなし

2010/01/15

16と1/2.郵便局員AとB②

A「はい、次お願いします。」
次にBが手にした封筒には筆文字で住所が書き込まれている。
A「では、宛名から。」
ちょっと達筆過ぎて読むのが難しく、Bは封筒を横にしたり離してみたりしている。
B「宛名はえーと、…えーとね、読めません。」
A「えー?どれ見して。」
Aはそう言って手を伸ばし封筒を受け取った。AもB同様、「んー?」とか言いながら目を細めて見たり蛍光灯に透かしてみたり、なぜか匂いを嗅いでみたりしている。
B「読める?」
A「んー『マリニャック様』…かな?住所は『杜王町西公園内1―1』。」
B「本当?何で読めんの?」
BはAがしたように、その封筒を蛍光灯に透かして見たがそのようには見えない。
A「西公園内1―1、天文台だな。」
B「天文台って移転したよね?」
A「うん。職員か技士にマリニャックって人は?」
B「いたら俺らんとこに来ないでしょ。」
A「一応さ。」
Aはそう言うと立ち上がり『公共施設』の棚から古い方の『天文台職員名簿』を取り出してフッとホコリを吹いてからパラパラとめくった。
A「マ、マ、マ、…いない。マで始まる人がいないね。」
B「どれ、新しい方は?」
Bは隣にあった新しい名簿を見たが、やはりマリニャックという名前はなかった。
A「困ったな。」
B「仕方ないさ、返しましょう。」
A「よし、差出人は?」
B「住所なし、名前は…読めない。」
A「どれ見して。…トロピカルってなってる。」
B「何で読めんの?」
A「ちょっと開けてみようぜ。」
B「そうだね。じゃあオープナ。」
Bはそう言うと封筒の上の方を手で破り始めた。
A「ねえ、もっときれいにできないの?」
B「え?」
A「もういいわ。」
B「よし。開いたよ。」
A「えー、では『宛先、差出人を特定出来る文面、若しくはそれに準じた内容』はありますか?」
B「『宛先、差出人を特定出来る文面、若しくはそれに準じた内容』は、…ございません。つーか読めないんだってば。」
中の便箋にしたためられた文章は宛名のそれより更に崩れている。
A「んー、これは俺も無理だな。破棄。」
B「了解。『宛先、差出人共に不明の為、郵便法第87条2項に基づき書簡を処分いたします。尚、はふにんほにゃらりれりれ…』」
A「ちゃんと!」
B「『尚、確認の為に取得した個人情報については郵便法第1条5項の秘密厳守に従い、私達が外部に漏らす事は一切御座いません。この決定に異議のある方はただちに名乗り出てください。』」
A「異議無し。」
Aがそう言うとBは持っていた封筒を小さなシュレッダーに差し込んだ。ダララララ…封筒が最後まで入ったのを見ると、赤いボタンを押した。『ポン』と軽い音がして差し込み口から煙が出た。
B「よし、次。」

二人の仕事はこんな調子で延々と続くのだ。

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2009/11/01

15と1/2.宵闇キャンディー

彼が高校生の頃の事。

自宅の机の引き出しの奥からキャンディーが出てきた。ベルガモット・コーク・キャンディー。かなり年月の経ったもので、両端をつまんで引っ張ると真ん中の膨らみがクシャと潰れた。はてな?包み紙を広げると、真っ黒でかなり小さく干からびたキャンディーが入っていた。

思い出した。そのキャンディーは小学生の時、クラスの女の子が転校する日にみんなにくれたものだった。みんなはその場で食べていたが、彼にはそうできなかった。大切に保管しずっとそのままになっていたのだ。

その後、彼は久しぶりに小学校にやってきた。日が暮れかかった校庭や木造の校舎は当時よりも小さく感じられた。しばらく校舎の回りを散策した後、彼は小便小僧のそばで見つけたスコップで校庭の真ん中の硬い土を掘り始めた。

ザクザク。

30分くらい掘っただろうか、気が付くと辺りはすっかり暗くなっていた。月なんかもポヤッと出ていたかも知れない。穴の底が見えないくらい掘った。彼はポケットから例の干からびたキャンディーを取り出して埋めたのだった。

もう何十年も前の、ただそれだけのはなし。

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2009/10/17

14と1/2.きのこ狩り

イオットとレレが校庭を横切って歩いている。予定されていたマルポッチーニ茸狩りが中止になったのだ。
「何でいきなり中止なのよ?!せっかく持ってきたのに、これ。」
レレは自分の背丈には不釣り合いな程巨大なカゴを背負ってプリプリしている。そんなレレに対してイオットは別にどうって事ないみたいだ。レレの話しに相槌は打つけど聞いているのか聞いていないのか、あまり聞いていない。それよりも上級生がサッカーをしているのが気になっている。
「ねぇレレ、その、きのこ狩りって、そんなに楽しみだった?」
「マルポッチーニ茸はパパの好物なの。…いっぱい採って来るって約束したのよ。」
巨大なカゴはお父さんが持たせたらしい。
「ふぅん。(コウブツって何だろう?)」
「でも、中止の理由くらい説明すべきだわ。ブツブツ。」

昇降口のあたりで、ポエタが男の人と話しをしているのが見える。ハシゴをかついでバケツを持った作業着の男。ショージだ。バケツにはブラシの頭みたいなものや、ゴムのヒシャクや、キリンの絵柄のついた虫採り網なんかがごちゃごちゃ入っている。きのこ狩りに来たにしては、持ち物が少し変だ。
「ポエタ、マルポッチーニ、中止ですって。」
レレが言った。
「うん、知ってるよ。」
「えーと、君がレレ?そっちはイオットだね。」
ショージはポエタから2人の事は聞いていたので、容姿でおおよそわかった。イオットもショージの事はポエタから聞いていたので、誰なのかはすぐわかった。レレは、自分の知らない人が自分の事を知っているのが嫌みたいだ。
「…おじさんは?」
「…おじ…、俺さ、一応、ミミと同い年なんだけどな。」
「ミミ?…えぇ?お姉ちゃんと?」
「…うん。(そんなにびっくりしないでよ…)」
「レレ、この人はショージだよ。うちの隣に住んでるの。イオットは知ってるよね?」
「シマシマウサギの。」
「そう。今度見においでよ。」
「シマシマウサギ?」
レレは話についていけない。
「(ショージは)何しに来たの?」
イオットが聞いた。
「仕事だよ。」
「仕事?」
「うん、だって星蜘蛛が出たんだろ?」
「え?!星蜘蛛?!」
3人はゾッとして顔を見合わせた。
「あれ?聞いてないの?それできのこ狩り中止なんだよ。」

ショージと同じ作業着の男が後ろから来た。
「あーコイプ、コイプ遅いよ。もう行かないと。」
「スイマセン。」
「じゃあね。ポエタ、イオット、レレ。今度またゆっくり。」
そう言うとショージとコイプは校庭の奥の方にガチャガチャと歩き始めた。

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2009/09/18

13と1/2.西町バッティングセンター(前編)

ブックス・エマニエルの主人はレジに座って居眠りをするのが仕事のような人だ。帰宅途中の小学生達はそんな主人の様子をうかがいながら、平積みされた今日発売の週刊少年チョンボを立ち読みしていた。これは火曜日のいつもの風景。

巻頭カラーの『有毒(ポイズン)ジョージ』、人気漫画『テトラポット』と少しエッチな『ちょっとヒカル』を無事読み終えたポエタとイオットは歩きながら感想を述べあっている。

「はぁ、テトラ捕まっちゃったね。あのあとどうなるんだろうね?」
「僕は黒シャツの男が助けに来ると思うな。」
「えー?あれは敵だってば。」
「そうかなぁ?」
「だって黒いシャツだよ。」
「そうかなぁ?早く次の火曜日こないかな。」
そんな話をしていると後ろから自転車が近付いてきた。
『チリリン』
ベルの音に気付いて、二人は間を開けた。そこを自転車がさっそうと走って行く。抜かれる瞬間、ポエタは自転車の人の顔を見て驚いた。

「!」
「ポエタ、見た?!」
「見た見た!イオット、追いかけるぞ!」
「うん!」
自転車のお兄さんはテトラポットの主人公、テトラにそっくりだったのだ。

「何で?!何で?!何で?!テトラ?!何で?!テトラ?!何で…」
リズミカルに叫びながら2人はバタバタと自転車を追いかける。お兄さんの背中には『西町バッティングセンター』と書かれている。自転車はどんどん走っていく。次第に引き離されていく2人。

「もぅダメだ!イオット!まかせた!」
ポエタは二つ目の信号で脱落。
イオットはポエタを振り向きもせずに自転車を追いかける。
「第1エンジン!切り離し!」
イオットは息を切らしながらそういうと、腕をもぞもぞ動かして背負っていたランドセルをドスンと後ろに落とした。ちょっとスピードが上がったが、自転車はもっと早い。
「早い…!早い…。…早い…。」
イオットもついに力尽き、ついに走るのをやめてしまった。自転車は、先の歩道橋のある十字路を右に曲がって見えなくなった。

イオットが歩いて歩道橋の十字路に着いたのはそれからしばらくしてからの事だった。右に曲がるとすぐ目の前がバッティングセンターだった。『パキーン、パキーン』と気持ちの良い音が聞こえる。建物の2階に昇る階段の脇に『西町バッティングセンター』と斜めに看板があり、階段下の駐輪場には追いかけていた自転車があった。
「…あった、ここだ。」

歩道橋の十字路をポエタが歩いているのが見えた。ポエタはこちらには気付かず真っ直ぐに歩いていくところだ。
「ポエター!こっちー!」
「あ!イオットー!」
ポエタはイオットのランドセルを前に担いでいる。2つのランドセルをガチャガチャ鳴らしながら走ってきた。
「あれあれ、見て。」
イオットが自転車を指して言った。
「…やったな!イオット!」
「うん、あの中にテトラが。」
「よし、いこう!」
「いこう!…あ!ポエタ、ちょっと待って!」
イオットは歩き始めたポエタの肩をグイとつかんだ。
「いて。」
「ほら、あの人…。」
向こうから歩いてくるネクタイのおじさんの顔を見て、2人は絶句してしまった。男は引きつった顔で固まっている2人のそばを通り、階段を昇り、扉を開けて中に入っていった。

「今のって…ルベンジェ博士…だよね?」
「…うん…。」
「…何で?」
「わかんない…。」

夕暮れが近くなった高い空に金属バットの音が響いている。

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2009/09/01

12と1/2.こないだのお昼休み

小学校の校庭の花壇は色とりどりの花が咲いています。赤や黄色や鮮やかな青い花、背丈の高いヒマワリのようなモノも。
そんな賑やかな花壇の隅に土がむき出しのスペースがありました。用務員さんはその前にうなだれてしゃがみ込んでいます。
「やっぱりダメか…。」

「あー!」
イオットが蹴ったボールは鉄棒を飛び越え、用務員さんのすぐそばにあった猫車にぶつかりました。猫車はバランスを崩してゆっくりと倒れました。
『ガシャー!ガラガラ!』
載せてあったスコップやクマデや束ねてある麻縄やなんかが、かわいた地面の上に散らばりました。
「ごめんなさい!」
用務員さんは立ち上がって、走ってくる男の子に言いました。
「大丈夫だよ。」
ボールは花壇の奥の方に飛んでいって見えなくなりました。
2人は一緒に猫車を起こして散らばった物を片付けました。
「すいませんでした。」
「いやいや、いいんだ。ここに置いてあったのがいけないんだ。」
イオットは用務員さんの後ろの花壇を見て聞きました。
「あのー、そこって、何か植えたの?」
用務員さんはイオットの言った『そこ』を一度見て、答えました。
「今年もダメみたいだ。芽も出ない。」
「ふぅーん。」
「難しい植物なんだ。一度も育った事がなくて。…よっと。」
用務員さんは花壇を飛び越えました。
「他はいっぱい咲いてるのにね。」
「あった。ほら。投げるよ。」
用務員さんはイオットの水色とピンクのボールを優しく山なりに投げました。
「ありがとう。」
「こないだまで使ってたボールと違うね?」
「ああ、ちょっとなくしちゃったの。」
「なくした?」
「んーとね、どこにあるかはわかるんだけど…。」
「?」
イオットは後ろを振り返りました。視線の先には校舎があります。
「誰かに盗られた?」
「ううん、屋上。」
「屋上か。」
「上に蹴ったら落ちてこなくなっちゃったの。」
「よし、じゃあ今から取りに行こうか。」
「本当に?!」
「うん、ちょっと鍵取ってくるよ。」
用務員さんはそう言うと猫車を押して校舎の方に歩いて行きました。

『キーンコーンカーン…』
「あ!鳴っちゃった。」
少し歩いた用務員さんが振り返って言いました。
「じゃあ今度さ、昼休みに用務員室においで。花壇にいなければそこにいるから。用務員室、わかるよね?」
「旧校舎。でもいったことない。」
「大丈夫、来たらすぐわかるよ。」
イオットはボールを抱えて昇降口にかけていきました。空は今にも雨が降りそうにどんよりとしていました。

   こちらから → 10.お昼休み 

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2009/07/04

11と1/2.ナナナとパオンナ

カフェ・フィンクの外席はいつもと変わらない風景。近所の奥様方が午後のひとときをおしゃべりで過ごしていたり、サラリーマン風の男が遅めの昼食をしていたり、ウェイトレスがテーブルの上を拭いていたり。
そこに渡り熊(白)のナナナと象のパオンナがトコトコと(正確にはズシズシと)やって来て椅子に腰掛けた。それに気が付いた奥の席の奥様がパオンナに手を振る。パオンナもそれに答えて手を振った。驚いたのはサラリーマン風の男で、最初しばらくはスプーンをくわえたまま呆然とこちらを眺めていたのだがあまりに周囲が象やら白熊を、さも当たり前の様に見ているのでそういうものなのかと食事を続けた。(チラチラこちらを見ているが。)

『自分のルーツ?それで動物園を抜け出したの?』
パオンナは席につくなりナナナに聞いた。
『そうだよ。パオンナは知りたくない?』
『んー、ゴメン、全然。』
テーブルを一通り拭き終わったウェイトレスが注文を取りに来た。
「パオンナさんこんにちは。お友達ですか?」
「…うん、動物園の後輩なの。」
「今日は何になさいますか?」
「えーと、メープルフラペチーノのヒュージ。」『ナナナは?』
パオンナはメニューを長い鼻でクルッと持ってナナナに渡した。
『…僕、人間の文字読めない…。』
『あ、そうか。じゃあ同じのでいい?』
『うん、何でもいい。』
ウェイトレスは二人のやり取りを黙って聞いている。(ちなみに人間には『』は何を言っているのかはわからない。)
「すいません、それを2つ。」
「メープルフラペチーノのヒュージを2つですね?」
「あ、こっちのは氷多めで。」
鼻でナナナを指差した。
「かしこまりました。」
ウェイトレスはメニューをコシャコシャと書いて、少々お待ち下さいと言ってお店に入って行った。
『僕も僕のパパも動物園生まれなんだ。おじいちゃんは違うみたいなんだけど。』
『ふーん。』
『パオンナは知ってるの?自分がどこから来たのか。』
『そんな事、考えた事ないわ。』
『そっか、…僕って変なのかな?』
『うーん、変っていうか、…実はね、昔あなたのお父さんも同じ事言ってたわよ。』
『え!パパも?』
ガシャーン!ナナナが身を乗り出したので、お尻が挟まっていた椅子がスポンと抜けて後ろに倒れた。サラリーマン風の男がビクッとした。
『あ、スイマセン。っつーかパオンナ、パパの事知ってんだ?』
ナナナは椅子を起こして戻しながら言った。
『私が背骨山に配属になってから1年くらいは一緒にいたかな?でもさ、それってもしかしたら渡り熊の習性なのかもよ。』
『それ?ルーツを知りたいって事?』
『いや、違うか。野性の渡り熊は親とか知ってるよね、きっと。でもウロウロするんだもんね。』
『ウロウロって…。』

メープルフラペチーノが来た。ゴトン、ゴトン。ウェイトレスは長靴みたいな大きさのグラスを2つ置く。テーブルはそれだけでいっぱいになった。
『ナナナはどうするの?これから。』
『いや、別に決めてないよ。これ美味しいねぇ。』
風が出てきた。のんきなナナナの毛がふわっと揺れる。
『ひほほはいはは?』
『え?』
ナナナは口の中の大きな氷をグラスに出して言い直した。
『何か仕事ないかな?』
『あー、どうだろう。難しいかもよ。だって人間の言葉わからないんでしょ?』
『いや、何となくはわかるよ。字は読めないし喋れないけど。』
『うん、なら多少は良いかな。色々声かけてみようか?』
『ほへはいひはふ。』
『おねがいします、ね。それはわかった。』

街灯の下にぶら下がっている『がんばれ!FCチャンバ』のペナントが風で揺れている。

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2009/06/20

10と1/2.逆輸入みかん

渋滞の先には幌付きの軽トラックが止まっていた。その周りには『もも1山5000円』とか『みかん1山3500円』とか、独特な細い字の看板が立ててあって、それが狭い道路の真ん中あたりまではみ出ているのだ。おまけに何か巨大な(スイカ位の大きさ)果物が道路に散乱していて、車列はそれを避けて通行しているが、中には踏み潰されてグシャグシャになっているものもある。軽トラックから転がった物だというのは明らかだ。

やっと渋滞を抜けた黒塗りの乗用車がその軽トラックの後ろにすごい勢いで止まった。砂利でブレーキがゾゾゾと滑った。運転手は顔を真っ赤にしていて興奮している。
「俺!言ってきますよ!ガツンと!っつーか何で誰も注意しないんすか!」
助手席に座っているチャンサーは、まあまあとなだめる。
「お前さ、急いでんならさ、そんな事するよりも先に車走らせたらいいんじゃない?」
「いや、許せんのです!こんな1キロ近い渋滞のキッカケがこれでは!値段もなんか高いし!」
「…まあ、言いたい事はわかるけど。」
「ならチャンさん!止めないで下さい!代表なんです!俺は代表として!」
「(代表?)あー、わかったよ。行けよ。ただ、ペプスカ、拳銃は置いてけよ。」
そう言われて、立ち上がったペプスカは腰から拳銃を抜いて運転席に置いて出ていった。
バムン!重厚な音がしてドアが閉まった。
「はあーぁ。血の気の多い奴。」
チャンサーは背もたれを倒して横になった。


しばらくしてもペプスカが戻って来ないので、チャンサーが頭をちょっと持ち上げて外を見ると、彼は果物トラックのおやじと笑いながら話をしていた。やたら目が離れているおやじだ。ペプスカはモコモコに膨らんだビニール袋をぶら下げている。
「…あのおやじ…モトギョか…。」
チャンサーが窓の上の方だけ少し開けたら会話が聞こえてきた。
「んじゃあ、ありがとうね。」
「へい旦那、また来ておくんな。」
「あー、そうだ。看板さ、道路に出さないでよ。渋滞してたよ。」
「風でね、動くんでさ。気を付けやす。」
「あと何か道路に転がってる果物も。」
「ん?あれはあっしではござんせんが。」
「あ、そうなの?んじゃあ。」

ジャリジャリと足音が聞こえてドアが開いた。
「チャンさん、見てくださいよ。これ。」
「何、お前、買っちゃったの?」
「へへ、みかんです。」
「3500円?これで?」
袋の中には見た感じ15個位のみかんが入っている。
「いやー、それがですね、高いっつったら安くしてくれまして、2500円に。」
「…それでも高ぇな。」
「本場イタリアからの逆輸入だそうです。」
「逆輸入?」
「そう、イッターリアです。」

おやじは看板を片付けた後軽トラックに乗って道路に出て行った。ペプスカは手を上げて見送る。
「あーあ、行っちゃったよ。ペプスカ、逆輸入ってそれ、国産て事だろ。」
「え?そうなんですか?」
「そうだよ。国産で、しかも明らかにぼったくりだよ。あいつモトギョだし。」
「あ、俺、モトギョとかそういう差別的な見方嫌いです。」
「いや、差別ではなくさ。」
「…あ、わかった。チャンさん、さてはイタリアみかんがうらやましくてそんなこと言うんですね?じゃあ、はい、あげますよ1個。良いんですよ、まだいっぱいあるし。」
ペプスカはみかんを1個ダッシュボードに置いた。

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2009/05/26

9と1/2.ボロ校舎

ポエタとイオットが通っている小学校には教室として使っている校舎とは別に、もう1つ古い校舎があります。壁がところどころ崩れていて、お化け屋敷みたいなので子供はもちろん先生たちも怖くて(危険で)誰も近づきません。
けれども驚いたことに、そのボロ校舎にはまだ使われている部屋があるのです。

それが用務員室です。用務員室は、ボロ校舎が昔、校舎として使われていた時から場所が変わっていません。用務員さんの大きな冷蔵庫が運び出せない事が理由だそうです。


今回はこれでおしまい。

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2009/05/06

8と1/2.背骨山動物園(休園日)

獣舎の掃除を終えたプヨップが事務所に向かう急な坂をカックンカックン降りている。大股で足を踏み出すごとに少し遅れてポニーテールの髪が上下に揺れた。事務所につくと持っていたバケツとデッキブラシを足元に置いて、外のガラスの小窓をガラガラと開けてモリヤマに声をかけた。
「モリヤマさん、エスいませんか?」
「エス?表さいねがった?それか穴掘りさ行ったかな?ちょっと待てな。」
モリヤマはおでこに上げていた眼鏡をかけ直して出勤ボードを見た。
「あー、今日は午後出勤だな。間もなく来んでねえがや。」
「おはようございまーす。」
事務所の奥の扉が開いて小さなプレーリードッグがトトトと入って来た。
「あら、グッドタイミングね。」
髪を縛り直しながらプヨップが言った。
「おはよう、エス。来たばかりであれだけんとっしゃ、タイムカードしたらプヨップと一緒に行ってけねーがや。」
エスは2本足で立ち上がってプヨップの姿を確認した。
「わかりました。」
エスは鼻をヒクヒク動かしながら高い声で返事をした。


プヨップはエスを肩に乗せて長靴をブッカブッカと鳴らしながら今来た坂道を登っていく。
「何かあったの?」
プヨップの耳元でエスが聞いた。
「ナナナがまたどっかに行っちゃったのよ。」
「えー?また?」
「それが『渡り熊』の習性って言っちゃえばそれまでだけど。」
二人が話をしながら猿山の横を通った。猿たちはこちらに気が付いて大声でキーキー騒ぎ始めた。木の棒やリンゴの芯を投げてくるのもいる。
(…餌の時間、まだなのかな?)
プヨップがボソッと言った。
「違う違う。」
エスは騒いでいる猿たちを汚い物でも見るようににらみつけた。
「最低!何でアジアの猿ってあんな下品なの?」
「下品?あいつら何て言ってんの?」
「えー…、ちょっと酷すぎて私の口からは訳せないわ…。」
「そーなんだ…。」
「春だからって…昼間っから、ホント最低!」
「何となくわかった…。」


空になった『渡り熊(白)』の檻の前には園長がいた。
「園長、連れて来ました。」
プヨップの声に気付いて園長がこちらを向いた。
「ありがとうプヨップ。早かったね。エスメラルダ、そこの壁なんだけど、読めるかい?行き先とか、いついつ帰るとか、そんなだと思うんだ。」
園長はナナナがつけたらしい真新しい壁の汚れを指して言った。
「あー、はい。」
エスはプヨップの肩からチョーンと降りて、鉄柵の隙間から中に入った。壁の前に立つと、肩から斜めに下げた小さなカバンから小さな辞書を取り出して、壁の汚れと辞書を交互に照らし合わせている。
「エスメラルダ、どう?」
「う!…えーと、えーと、…ちょっと、わかりません。」
「…そうかー。弱ったな。」
エスは辞書をカバンに戻すと、トトトとプヨップの肩によじ登った。そして小さい声で言った。
(…プヨップ、オスってみんな最低よ。)
(何て書いてあったの?)
(…えー?無理。とにかく最低。)
(あぁ、アジアの猿に限った事ではなかったのね…。)

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2009/04/24

7と1/2.ポゴ送別会inコラベ・ニクウス

「…こんな高そうなとこでするんだったら先に教えててくれたら良いのに…。そう思わない?」
ドワノはぐるりと辺りを見回した。自分と同じ会社のジャンパーを着ている人は他に誰もいない。
「でもドワノ、社内メールで回覧きてたよ…。」
「嘘?メールとか、そんなの見方わかんないし…。」

わざと薄暗い店内にブッフェスタイルの料理のカウンターだけがスポットライトで照らされていて浮かび上がって見える。分厚いドアのところには正装のスタッフが、ゲストのグラスに気を配って待機。ウェイターは片手で大きなお盆を持ってスイスイと動いている。奥の方ではビシッとスーツできめたプシュカフが、経理の女の子2人とワイングラスを片手に談笑している。
「3つ星だって。」
「何が?」
「このレストラン。」
「俺は居酒屋でやると思ってたよ。」
ドワノはまだふて腐れている。席の壁には国王陛下と太ったコックさんが笑顔で写っている写真が飾ってある。どうやら国王陛下はこのテーブルで食事したらしかった。
「まあ、貸し切りでよかったさ。」
「…うん。…じゃ俺、ポゴさんとこに注ぎに行くわ。」

ポゴはコックさんと若いウェイターと3人で談笑していた。コックさんは国王陛下と写真に写っていた人だ。大袈裟な程背の高い帽子をかぶっているのをみると、彼が一番偉いのだろう。もし彼より偉い人がいたら、帽子が天井に着いてしまうだろうから。
「おぅ!ドワノ!」
ポゴが気付いて手招きした。
「じゃあ、私達はこの辺で。」
「ごゆっくりどうぞ。」
コックさんとウェイターは揃ってポゴに会釈をして、バックヤードに戻っていった。
「ドワノ、いいジャンパー着てんな。」
「…もう何とでも言ってください。しかしすごいところですね。」
「な、俺も初めて来たよ。」
「そうなんですか?」
「酒が全然口に合わねぇ。ワインが接着剤の味すんだ。ほら。」
ポゴがそう言ってグラスをすすめた。
「うぇ、何これ。何か変な添加物入ってんじゃないですか?」
「だから言ったんだよ、ウェイターに。したら『樽で長いこと熟成したワインです。深い風味をご堪能ください。』だって。困ったや。ま、座れや。」
「え?でもここ、誰かいますよね?」
ポゴが座れと言った席にはグラスと食べかけの料理が置いてある。
「平気、平気。社長のだから。」
「な!社長も来てるんですか?」
ドワノは急にソワソワしだした。
「社長は嫌いか?」
「いや、嫌いではないですけど、偉い人って苦手です。」
「社長ったって何も変わんないよ。ほら見てみ。」
ちょうど社長がハンカチで手を拭きながら暗がりのトイレから出てくるのが見えた。社長が料理のカウンターの側を通った時にスポットライトが社長を照らし出した。
「あ。ジャンパー。」
「な、社長ったってお前と何も変わんないだろ?」

社長もドワノと同じリケル食品のジャンパーを着ていたのだ。

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